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秋田地方裁判所大館支部 昭和33年(ヨ)1号 判決 1960年1月25日

申請人 芳川徳治 外一名

被申請人 秋北バス株式会社

主文

申請人等の本件申請を却下する。

申請費用は、差戻前の第一、二審及び差戻後の当審共申請人等の負担とする。

事実

申請人両名訴訟代理人等は、被申請人が昭和三十二年四月一日に変更した秋北バス株式会社就業規則第五十七条は申請人等が被申請人に対して提起すべき本案判決確定の日まで申請人等両名に対してその効力を生じないことを仮に定める、被申請人は申請人等を昭和三十二年三月三十一日当時と同様に処遇しその就業を妨げてはならない、申請費用は被申請人の負担とする、との判決を求め、その申請の理由として、

第一、被申請人は昭和十九年一月十七日秋北乗合自動車株式会社として創立せられ、昭和二十九年三月二十六日商号を改正して現在に至り、能代、大館の二市及び北秋田、鹿角、山本の三郡に亘る区域を主たる業域とし、自動車による旅客運輸を主たる業務とする営利会社である。(甲第一号証)

第二、申請人芳川徳治は被申請人会社に昭和二十年九月に入社し、庶務部長を経て現在大館営業所長代理を勤めており、又、申請人福岡善治郎は昭和二十一年四月入社し、現在大館営業所次長を勤めており、いずれも株主たる職員ではあるが、秋北バス労働組合員に非ざる従業員として現在に至る迄、十余年間勤続して来た者である。

第三、しかして、被申請会社には就業規則(甲第二号証)中に明記してある秋北バス労働組合に加入している従業員の外、労働組合に加入していない申請人等の如き「主任以上の職にある者」が合計十数人居るが、これらの者は労働組合員たる従業員とは別個の処遇を受け、就業規則第五条及び第五七条の「停年解職」に関する規定等の適用を受けない職員として特別待遇を受け今日に至つていた。

第四、然るところ、昭和三十二年四月一日被申請人は不当にも申請人等の不知の間に従前の就業規則第五七条を「従業員は満五十歳を以て停年とする、停年に達したるものは辞令を以て解職する」とあつたのを「従業員は満五十歳を以て停年とする。主任以上の職にあるものは、満五十五歳を以て停年とする」と変更し、(甲第三号証)従来の既得権たる申請人等の労働権(就業権)を突如剥奪しようとするに至つたのである。

第五、しかし乍ら、申請人等は次の理由により被申請会社の就業規則の適用を受けないものであり、被申請会社によって変更された前記就業規則は申請人等に対してはその効力を生じないものである。

(一)  申請人等は使用者の利益代表者であるから、就業規則の適用を受けない。即ち、昭和三十年七月二十一日実施の改正前の就業規則制定当時、申請人芳川は被申請会社の大館営業所々長代理、申請人福岡は同営業所次長であり、いずれも被申請会社の事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をする使用者側に立つもの(労働基準法第一〇条)である。即ち、申請人等は被申請会社のため大館営業所管下労働者に対する人事、給与、労務管理等に関し、事業主の利益のため行為をする者であり、労働基準法に所謂使用者であつて、就業規則によつて規制される労働者ではない。従つて改正の前後を問わず就業規則による停年制は申請人等には適用をみないものである。

(二)  元来申請人等は被申請会社との間の労働契約によつて特別の地位を承認せられ、一般従業員並の就業規則の適用から除外されて来たものである。即ち、被申請会社は曽て所謂戦時強制統合によつて県北十二のバス業者が統合し、昭和十八年四月一日秋北乗合自動車株式会社として発足し、昭和十九年一月十七日商業登記をなしたもので、申請人福岡の如きも旧業者の一人であつた。しかるに終戦後の特別事情から右会社は事実上分散し、昭和二十一年七月から各業者が実質的に独立経営に移行し、申請人福岡は合川―二ッ井線、合川―米内沢線を経営し、当時能代営業所主任たりし芳川は地区株主と協議の上、能代自動車匿名組合を組織し、理事長平山清三郎、専務理事岡本庄右衛門、申請人芳川は常務理事として常勤し経営を担当してきた。しかるところ、昭和二十五年秋頃、かゝる経営状態を非合法なりとする監督官庁の強い勧告により、再び統一経営にすることを協議し、右統合の条件として分散経営してきた各業者はすべて対等の立場で協議の上適材適所の部署につき再統合後の処理運営に当る契約のもとに申請人芳川は本社庶務部長に就任し、申請人福岡は米内沢営業所次長に就任した。即ち、申請人等に対しては再統合前の経営者として会社役員及び幹部同様の待遇を与える特約があつたものであり、右特約は単純な労働契約というよりは実に被申請会社が統合新発足するに際しての基本的な協定であつた。従つて申請人等に対しては一般労働者を規律する就業規則の如きは当初から適用を除外されてきたものである。

(三)  仮に百歩を譲り、就業規則が申請人等に適用すべきものと仮定しても、改正規則第五七条の停年の規定は全く申請人等に適用すべからざるものである。元来、前記(二)で述べた事実から申請人等は従前停年退職の適用を受けない特別の地位を保有して来たもので、昭和三十年七月二十一日より施行の旧規則第五七条に従業員の停年を五十歳と定め、当時申請人等は既に五十歳を超えていたが、右停年の規定の適用をみなかつたものである。被申請人はこれを恩恵なりと強弁するが、苟も就業規則を制定しておきながら恩恵により、その規定を破るが如きは公の会社で許さるべきことではない。これは全く被申請会社と申請人等間に停年退職の規定を適用しない旨の労働契約が存在して来たからに外ならない。従つてその後新たに主任なる職制を設け、主任以上の者については停年制を定め、申請人等が主任以上に該るものとして、その停年制を適用せんとしても、従前の労働契約を一方的に不利益に変更せんとするものであり、到底許さるべきことではない。これは要するに職制及び就業規則の改正に藉口して従来の申請人等の地位を奪い、同人等を駆逐せんとする謀略であって到底許さるべきではない。

第六、以上の次第で申請人等は御庁に対し、昭和三十二年四月一日改正の就業規則は申請人等に対し、効力の及ばないことの確認の請求と右請求が容れられないとしても同改正規則第五七条の効力は申請人等に及ばないことを確認する旨の予備的請求の訴を提起したが、本案判決確定に至る迄同就業規則が施行せらるゝにおいては申請人等は直ちに解雇となり既得の就業権を剥奪せらるゝ等不測の損害をこうむるおそれあるを以て従業員たるの地位及び就業権を保全するため申請の趣旨の裁判を求める次第である、と述べ、被申請人の主張に対し、供託の事実のみ認め、その余は否認する、と答えた。疏明<省略>

被申請人訴訟代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として、申請の理由中、

第一項の事実は認める。

第二項の中、申請人等の従業員としての入社関係並びに勤続年限は認めるが、現在の地位は否認する。

第三項の中、被申請会社には社則である就業規則なるものがあることは認めるが、申請人等がその主張の如き特別待遇を受けていた者であるとの点は否認する。右規則は従業員の総てに適用されるものである。尚、申請人等は現在被申請会社の株主ではあるが、会社創立以来の株主ではなくして、申請人芳川は昭和二十三年五月以来、申請人福岡は昭和二十一年一月以来の株主にすぎないから、申請人等は会社創立についての縁故者でもなく、且又、株主として特別待遇を受ける例外的従業員でもない。

第四項の中、申請人等主張のとおり、就業規則の一部を変更したことは認めるが、右変更が申請人等の不知の間になされたとの点は否認する。被申請会社は昭和二十三年四月十二日以来会社の就業規則を制定実施している。右就業規則第五七条によれば、「従業員は満五十歳を以て停年とする」と定めているが、会社の資本も遂次増大し、現在は資本の総額八千万円、この株式総数百六十万株、従業員の数も七百三十五名の多きに達しているので会社は昭和三十二年四月一日付を以て、就業規則第五七条を「主任以上の従業員は満五十五歳をもつて停年とする」と変更した。申請人等は右の改正は申請人等不知の間になされたと主張するが、右規則の改正を事前に知つた申請人等をも会員とする輪心会(主任以上の申合せ会)の協議会を開き、もう五年延長して六十歳にして欲しい旨会社側に要望があつたが、後輩に道を拓くべきであるとの意見もあつたので、五十五歳の停年制が諒解された次第である。

第五項(一)の主張は否認する。申請人等は、申請人芳川は大館営業所長代理、申請人福岡は同営業所次長であつて事業主である被申請会社のために行為をする者で労働基準法に所謂使用者であつて就業規則によつて規制される労働者ではない旨主張する。しかし乍ら、申請人等が労働基準法第十条の所謂労働者に関する事項について事業主のために行為をする者(人事、給与、労務管理等について事業主から直接に、又は上級者を通じて間接に一定の責任乃至権限を与えられる者)に該当するとしても、被申請会社の立場において労働者であり得ないわけではない。即ち、被申請会社の部課長を例にとつてみれば、それらの者はその労働条件の決定やその実施についての指導監督等は、その上級者によつて行われるから、上級者に対する関係では労働者であるが、下級者の労働条件を決定したり、その実施についての指揮監督などを行うから下級者に対して使用者とみられるわけである。即ち使用者の概念はこの意味で相対的なものであるから申請人等は労働基準法第十条に所謂使用者の立場にあった者であるから、被申請会社の就業規則によつて規制されない会社職員であるとは云いえない。

第五項(二)の事実は否認する。尤も被申請会社は申請人等主張の昭和二十一年七月頃、会社の営業地域をいくつかに分け、委託経営を行つたことはあるが、当時、能代、山本地区の受託者は訴外岡本庄右衛門であつて、申請人芳川はその一使用人にすぎなかつたし、合川―二ッ井線、合川―米内沢線の受託者は訴外桜田治右恵門であり、その事実上の経営者はその実兄である訴外桜田治財門で、申請人福岡はその一使用人に過ぎなかつたのである。然るに昭和二十五年頃に至り、かゝる経営状態は株式会社の本質上合法的ではないからとの監督官庁の強い勧告があつたので、会社本来の常道に還り、その際申請人芳川は平山清太郎、申請人福岡は桜田治財門の手引によつて、会社の従業員として使われてきたものである。従つて申請人等主張の如く被申請会社は申請人等との間に停年退職の規定を適用しない旨の労働契約を結んだことはない。

第五項(三)の事実は否認する、と述べ、

なお、被申請会社は、申請人両名に対し、労働基準法第二十条によつて昭和三十二年四月二十五日付を以て同年五月二十五日限り退職を命ずる旨の予告をなし、該予告は同日各申請人に到達したから、同年五月二十五日を以て夫々解雇の効力が発生しているので、会社は法によつて定められた支給額を各申請人に現実に提供したが受領を拒んだのでこれを供託している。

以上の次第で申請人等は既に被申請会社の従業員ではないからそれを前提とする本件申請は許容すべきではない、と述べた。

疏明<省略>

理由

被申請会社が昭和十九年一月十七日、秋北乗合自動車株式会社として創立され、昭和二十九年三月二十六日商号を秋北バス株式会社と改正して現在に至り、能代、大館の二市及び北秋田、鹿角、山本の三郡に亘る区域を主たる業域とし、自動車による旅客運輸を主たる業務とする営利会社であること、及び被申請会社に申請人芳川は昭和二十年九月、申請人福岡は昭和二十一年四月夫々入社し、いずれも十余年間勤続して来た者であることは当事者間に争なく、成立に争のない乙第六号証の一、第七号証の一、及び差戻前の第一審における申請人両名本人尋問の結果によれば昭和三十二年三月三十日当時、申請人芳川は被申請会社大館営業所長代理、申請人福岡は同大館営業所次長を夫々勤めていたことが認められる。次に、被申請会社に従来就業規則(甲第二号証)があったことは当事者間に争がないが、申請人等が右就業規則第五十五条及び第五十七条の停年解職に関する規定の適用を受けていたかどうかについて争があるのでこの点について判断すると、先ず差戻前の第一審における証人平山清太郎、千田秀三の各証言並びに、差戻前の第一審における申請人芳川本人尋問の結果及び差戻後の当審における申請人福岡本人尋問の結果によれば、申請人両名が昭和三十二年三月三十日当時被申請会社の職員中、所謂「主任以上の職にある」に該当し、被申請会社の労働組合に加入していない者であつたことが認められ、成立に争のない甲第二号証(就業規則)によれば、同規則第一条には、規則の適用に関し「従業員の就業に関しては法令又は労働協約に定めるものゝ外全てこの規則を適用する」と規定され、更に第二条には、第一項として、「この規則で従業員とは所定の手続きを経て会社が本採用し会社の事業目的である業務に労務を提供し直接労働に従事するものをいう」と規定され、第二項として、「前項の外その名称の如何を問わず会社の業務に従事する者に対してこの規則の一部又は全部を適用する」と規定されており、右の規定の仕方からみるときは、右就業規則に所謂従業員とは、被申請会社に本採用され、会社の事業目的である自動車による旅客運輸の業務に労務を提供して「直接」労働に従事する者、即ち、自動車運転手、車掌及びこれに準ずる業務に従事する者を指しているものと解せられる。そして、右就業規則は原則として右の従業員に対して適用されるものであり、右の従業員以外の者で会社の業務に従事する者に対しては、その従事する業務の性質に従つて右規則の一部又は全部が適用されるものと解せられる。ところで、同規則第五十五条には、従業員の降任又は解雇の事由が列挙され、その第一号として「停年に達した時」が揚げられ、第五十七条には、「従業員は満五十歳を以て停年とする。停年に達したるものは辞令を以て解職する云々」と規定されているが、規定の文言上からみても、この規定は、直接的には、前記の所謂従業員に関する規定であつて、それ以外の会社業務に従事する者に関するものではないことが明かであつて、たゞ前記第二条第二項によつて、従業員以外で会社の業務に従事する者に対しても適用されることがあるにすぎないところ、所謂「主任以上の職にある者」は、従業員を監督する地位にある者であつて、自動車による旅客運輸の会社業務に労務を提供して「直接」労働に従事する者ではないから、業務の性質上からみても同条の停年の規定はその適用を受けないものと解するのが相当である。右は、成立に争のない甲第三号証(乙第二号証)によつて認められるところの、前記就業規則第五十七条の変更申請の理由として、前記就業規則には主任以上の者の停年が定めて居らないということを揚げている事実並びに、差戻前の第一審における証人平山清太郎、千田秀三、及び差戻前の第一審における申請人両名各本人尋問の結果によつて認められるところの、従来前記就業規則第五十七条の停年規定に則つて、実際に解職された者が一人もない事実に徴しても明らかである。右認定のとおり、被申請会社には従来「主任以上の職にある者」については停年の定めがなかつたものと言うべきである。

しかるに、昭和三十二年四月一日被申請会社は従前の前記就業規則(甲第二号証)第五十七条を「従業員は満五十歳を以て停年とする。停年に達したるものは辞令を以て解職する」とあつたのを「従業員は満五十歳を以て停年とする。主任以上の職にあるものは、満五十五歳を以て停年とする」と変更したことは当事者間に争のないところである。よつて、右就業規則の変更後の第五十七条の規定が申請人等に対して、適用されるか否かについて判断する。先ず第一に、申請人等は、昭和三十年七月二十一日より実施の前記改正前の就業規則制定当時、申請人芳川は被申請会社の大館営業所々長代理、申請人福岡は同営業所次長であり、いずれも被申請会社のため大館営業所管下労働者に対する人事、給与、労務管理等に関し、事業主のために行為をする使用者側に立つものであつたと主張し、右事実は差戻前の第一審における申請人両名各本人尋問の結果によつて認めることができる。しかし乍ら、申請人等が労働基準法第十条に定義された「使用者」に該当するとしても、それは、大館営業所管下労働者に対する関係において、同条に所謂使用者とされるにすぎないのであつて、被申請会社の制定する就業規則の適用が問題になつている本件においては、事業主たる被申請会社との関係において、観察すべきであり、かゝるときは、申請人等は大館営業所長代理、又は同営業所次長として、被申請会社に雇用され、その労働条件の決定やその実施についての指揮、監督等は、事業主たる被申請会社によつてなされるのであるから、被申請会社に対しては労働者であり従つて申請人等は本来被申請会社の制定する就業規則の適用を受けない地位にある者とは言うことができないから、申請人等のこの点に関する主張は理由がない。次に、申請人等は、従来被申請会社との間の労働契約によつて特別の地位を承認され、一般従業員並の就業規則の適用から除外されて来たと主張するのでこの点について判断すると、先ず成立に争のない甲第八、第十三、第十四、第十五号証、差戻後の当審における申請人福岡本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第九、第十一号証、第十二号証の一、二、第十六号証の一、二、三、差戻後の当審における証人千田秀三、桜田治財門、佐藤喜一郎、平山清太郎の各証言並に差戻前の第一審における申請人福岡本人尋問の結果及び差戻後の当審における申請人両名各本人尋問の結果によれば、被申請会社は昭和十八年四月頃所謂戦時強制統合によつて県北十三の会社組織又は個人のバス業者が統合し秋北乗合自動車株式会社として発足し、(なお、昭和十九年一月十七日商業登記をなして創立されたことは当事者間に争のない事実である)たものであるが、申請人福岡も右統合前、桜田治財門、桜田治恵門と共に丸亀運輸倉庫合資会社を設立して自動車運送業を行つていた者であること、しかるに終戦後の経営不振から右秋北乗合自動車株式会社は昭和二十一年六月頃から、統合前の旧十三業者に経営を委託し、各業者が夫々分散して実質上独立して経営するという変則的な経営形態をとることになり、落合営業所管轄の路線は桜田治財門に委託経営せしめ、申請人福岡は右桜田治財門から更に、当初は上大野駅前から落合を経て下小阿仁に至る路線、後に米内沢と二ッ井間の路線を委託され、能代地区は岡本庄右衛門に委託経営せしめ、右岡本庄右衛門は地区株主と協議の上能代自動車匿名組合を設け、組合長は平山清三郎、専務理事は岡本庄右衛門、申請人芳川は常務理事として実際上経営を担当してきたこと、及び、昭和二十六年頃、かゝる経営形態を違法であるとする監督官庁たる新潟陸運局の強い勧告により、各受託業者が協議の上委託経営を解除し、被申請会社本来の経営形態に復し、申請人芳川は本社庶務課長に、申請人福岡は米内沢営業所次長に夫々就任したことが認められる。右認定に反する申請人両名各本人尋問の結果は措信し難い。申請人等は、右委託経営解除に当り、その条件として被申請会社は申請人等との間に、申請人等を右委託経営解除前の経営者として、会社役員及び幹部同様の待遇を与える労働契約を締結したのであり従つて申請人等に対しては一般労働者を規律する就業規則の如きは当初から適用を除外されて来た旨主張するけれども、右の事実を疏明すべき証拠はなく、この点に関する申請人両名各本人尋問の結果は措信しない。次に、申請人等は、就業規則が申請人等に適用すべきものと仮定しても改正就業規則第五十七条の停年の規定は全く申請人等に適用すべからざるものである。即ち、昭和三十年七月二十一日より施行すべからざるものである。即ち、昭和三十年七月二十一日より施行の旧就業規則第五十七条に従業員の停年を五十歳と定め、当時申請人等は既に五十歳を超えていたが、右停年の規定の適用を見なかつたものであるが、これは全く被申請会社と申請人等間に停年退職の規定を適用しない旨の労働契約が存在して来たからに外ならない。従つて、その後新たに主任なる職制を設け、主任以上の者について停年制を定め、申請人等が主任以上に該当するものとしてその停年制を適用せんとしても、従前の労働契約を一方的に不利益に変更せんとするものであるから到底許さるべきことではないと主張する。前記認定のとおり昭和三十二年四月一日付改正前の旧就業規則第五十七条の停年の規定は「主任以上の職にある者」には適用がなかつたのであるが、他に特別の事情の認められない限りこのことから直ちに被申請会社と申請人等との間に申請人等については停年退職の規定を適用しない旨の労働契約があつたものと言うことはできない。本件では申請人等について停年退職の規定を適用しない旨の労働契約がなされていたと認むべき何等の疏明がないから単に従来「主任以上の職にある者」については停年の定めがなかつたというにすぎないのである。従つて、右の如き内容の労働契約があつたことを前提とし、本件改正就業規則第五十七条が、従前の労働契約を一方的に不利益に変更するものとして、これを攻撃するのは失当である。

よつて、次に、従来停年制が設けられていなかつた労働者に対して使用者が就業規則を以て新たに停年制を設けることができるか否かについて考察する。本来、就業規則なるものとは経営権の作用として使用者が一方的に制定変更しうる企業内の自主法規であると解されそれが法令又は労働協約に違反してはならないことは勿論であるが法令又は労働協約に違反しない場合においても、労働法における労働者保護の精神に鑑みそれは一定の合理的制限に服すべきものと解するのが相当である。およそ人間の労働力には、年令に基く自然的限界があるのであつて、所謂停年制なるものはこの点に根拠を有するのである。従つて本件における如く、従来停年制のなかつた労働者に対して使用者が就業規則を以て新たに停年制を設けることは、それが業務の性質に応じて、人間の精神的、肉体的能力を適当に考慮し、社会通念上是認されうる限度においてなされるかぎり、使用者の経営権の作用として一方的にこれをなしうるものと解すべきである。本件について、これをみるに所謂「主任以上の職にある者」は被申請会社の従業員を監督する地位にある者であつて、被申請会社の自動車による旅客運輸の業務に労務を提供して「直接」労働に従事する者ではないのであるが、かような所謂事務職員について停年を五十五歳と定めることは我国産業界においては広く一般的に行われておつて、社会通念上是認されうるところであり、又、人間の精神的、肉体的能力の限度についても適当な考慮を払つたものと言うことができる。たゞ本件においては、成立に争のない甲第十九号証並びに差戻後の当審における証人千田秀三の証言及び差戻前の第一審における申請人福岡本人尋問の結果により、右の改正就業規則が実施された昭和三十二年四月一日当時、申請人等は既に新たに定められた停年である五十五歳に達していたことが認められ、従つて右改正就業規則が適用されることにより申請人等は直ちに解雇されることになつて申請人等にとつて不利益なものであることは明かであるが、第一にかような場合にも後記の如く労働基準法第二十余の解雇の予告をなすべきものであるからこの予告によつて不充分ではあるが即時解雇にともなう不利益を除くことができるし、更に本件においては、成立に争のない乙第六号証の一、二、第七号証の一、二及び差戻前の第一審における証人平山清太郎、千田秀三の各証言によれば、被申請会社は右改正就業規則第五十七条を適用して、申請人等を解雇した翌日である昭和三十二年五月二十六日から申請人等を被申請会社嘱託として採用したものであることが認められるから、一応申請人等の解雇に伴う不利益を救済する措置が採られていたということができるからこの点についても本件就業規則改正は申請人等の利益を著しく害する不当なものとはいえない。なお、申請人等は本件就業規則改正は、改正に藉口して申請人等を被申請会社から駆逐せんとする謀略であると主張するが、本件就業規則改正が申請人等の放逐を目的としてなされたというような事情についての疏明はないから、本件就業規則改正が被申請会社の権利乱用であるということはできない。従つて、申請人等「主任以上の職にある者」に対して新たに五十五歳を停年と定めた改正就業規則第五十七条は労働者たる申請人等の同意を要せず有効なものであつて、申請人等に対してその効力を生ずるものと言わねばならない。

ところで、本件の如き場合において改正就業規則第五十七条を適用して申請人等を解雇するには、労働基準法第二十条に定める解雇予告をなすべきものと解すべきところ、成立に争のない乙第六号証の一、二、第七号証の一、二、差戻前の第一審における証人平山清太郎、千田秀三の各証言、差戻後の当審における証人千田秀三の証言によれば、被申請会社は申請人両名に対し、昭和三十二年四月二十五日付を以て同年五月二十五日限り退職を命ずる旨の予告をなし、該予告は同日各申請人に到達したことが認められるから、同年五月二十五日限り申請人等に対し夫々解雇の効力を生じたものということができる。

以上のとおり、被申請会社の昭和三十二年四月一日付改正就業規則、予備的に同改正規則第五十七条は、申請人等に対してその効力を生じないものであつて、申請人等と被申請会社との間にはなお雇用関係が存在するとの申請人等の主張は理由がないから、申請人等の本件申請はその被保全権利について疏明がないというべきであつて、申請の如き仮処分をするのは相当と認められないから本件申請をいずれも却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田忠治)

【参考資料一】

仮処分申請事件

(秋田地方大館支部昭和三二年(ヨ)第六号昭和三二年六月二七日判決)

申請人 芳川徳治 外一名

被申請人 秋北バス株式会社

主文

被申請人が昭和三十二年四月一日に変更した秋北バス株式会社就業規則第五十七条は、申請人等が被申請人に対して提起すべき本案判決確定の日まで、申請人等両名に対しその効力を生じないことを仮に定める。

被申請人は申請人等を昭和三十二年三月三十一日当時と同様に処遇しその就業を妨げてはならない。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人等両名代理人は、「申請人等が被申請人に対して提起すべき就業規則の改正無効確認訴訟の本案判決確定まで保証を条件として、被申請人が昭和三十二年四月一日附でなした就業規則の改正は仮に無効なものとする。」仮に右申請が容れられない場合は、「昭和三十二年四月一日附でなした就業規則の改正中第五十七条の効力は仮に停止する。」との判決を求め、その申請の理由として

一、被申請人、秋北バス株式会社は昭和十九年一月十七日秋北乗合自動車株式会社として創立されたのであるが、昭和二十九年三月二十六日その商号を現在の様に変更したもので、自動車による旅客運輸を主要目的とする会社である。

二、申請人芳川徳治は昭和二十年九月に、申請人福岡善治郎は同二十一年四月に、夫々被申請会社に入社し、前者は庶務部長を経て現在大館営業所長代理として、後者は現在大館営業所次長として夫々勤務し、孰れも労働組合員でない従業員として現在に至るまで十余年間勤続している者である。

三、被申請会社の従業員中には労働組合に加入している者と加入していない者とがあるが申請人等の如き主任以上の職にある者(十数人)は非組合員であつて、昭和三十年七月二十一日施行の就業規則(以下旧就業規則という)第五十五条第五十七条に定める停年に関する規定の適用を受けない待遇を受け労働組合員たる従業員とは異つた取扱を受けて今日に至つている。

四、然るに被申請会社は昭和三十二年四月一日附で申請人等の不知の間に不当にも一方的に就業規則の一部を変更し、主任以上の者にも停年を定め突如停年の定めのなかつた申請人等の既得権を剥奪しようとした。

五、しかしながら被申請会社のなした就業規則の変更は左の理由によつて無効である。

(一) 元来就業規則は労働基準法第二条及び第八十九条に則り使用者が制定するものであるとはいえ、その労働条件は労働基準法第二条にしたがい労働者と使用者とが対等の立場で決定すべきものであり、誠実に各々その義務を守らなければならない法律上の責務があるから、就業規則の作成ばかりでなくその変更についても同法第九十条第一項に従い、秋北バス労働組合の外申請人等非組合員である主任以上の職にある者十数名の過半数を代表する者の意見も聴かなければならぬのに、被申請会社は何等これ等の手続を履践せず申請人等の不知の間に一方的に改変したものであるから強行規定である労働基準法第九十条に反し無効といわなければならない。

(二) 申請人等は、被申請会社が旧就業規則を実施した際、停年に関する就業規則第五十五条第五十七条の適用を受けず、他の従業員と別異の待遇を受けていたことは前述した通りであるが、これはとりも直さず旧就業規則施行時に、年令に制限なく就業できる特別な待遇を受けること(労働条件)を内容とする労働契約が存在していたからで、これが今なお存続している。それで本件の様な変更は就業規則の基準を引下げ不利益に変更することになり労働基準法第九十三条の法意に照らして許さるべきでないから無効である。

(三) 仮りに被申請会社が本件規則変更につき労働基準法第九十条の手続を履践したとしても停年に関する新規定の適用により申請人等は即時解雇となり失業の悲境に泣かざるを得ないから、斯様なことは信義則に反し、権利の濫用であるから無効である。

(四) 更に被申請会社の就業規則変更は結局申請人に対する抜打的解雇処分で明かに不当解雇処分であるから申請人等の既得権たる労働権を侵害する憲法第二十七条、第二十八条違反の行為と云わざるを得ない。従つてこの点から見ても無効である。

六、申請人等は被申請会社を相手として本件就業規則変更の無効確認を求めるため本案訴訟を提起するよう準備中であるが、自己の給料のみで一家の生計を維持している申請人等としては本案判決のあるまで待つていては将来回復することのできぬ損害を蒙る虞があるので、本案判決確定に至るまで保証を立てることを条件として従業員たる地位及び労働権を保全するため本件仮処分の申請をなした次第である。

と述べ、

七、被申請会社の答弁に対して、仮りに疏乙第一号証の三(意見書提出方要請書)の如き文書が組合に提示されたとしても、労働基準法第九十条第一項に所謂労働者の意見を聴かなければならないと定める所以のものは単に就業規則変更の文書を通知しただけでは足らず、労使対等の原則に立つて労働者のいう意見を尊重し就業規則変更の内容につき勘考し、検討するに要する相当の日時を与えなければならないとの意であることは条理上極めて明白である。然るに被申請会社は意見提出期限を四月一日午前十時と定め労働組合に対しては漸く三月三十日にその変更文書を提示し僅に一日の余裕を与えたに過ぎない。此の如きは、四百数十人の組合員を擁する労働組合に不可能を強うるに等しく信義則に反し不当であるから無効である。

と陳述した。

(疎明省略)

被申請人代理人は「申請人等の申請を棄却する。訴訟費用は申請人等の負担とする。」との判決を求め、

答弁として

一、申請人等の主張事実中申請理由第一項の事実及び第二項の事実中申請人等が従業員として入社し十余年間勤続していること第四項の事実中就業規則の一部を変更した事実は孰れも認めるが、その余の主張事実は総て之を否認する。

二、被申請会社のなした就業規則の変更手続は合法的になされたものであるから新就業規則は有効である。凡そ就業規則の作成変更は労働基準法第九十条に則らねばならぬことは申請人等主張の通りであるが、同条によれば当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合の意見を聴けば足るのである。然るところ被申請会社従業員の総員は五百七十八名で内四百二十一名を組合員に擁する秋北バス労働組合と四十三名を組合員とする第二組合、十九名の第三組合、六名に過ぎない第四組合及び残り八十九名の非組合員とに分れているから旧就業規則を変更するには過半数の労働者を組合員に擁している右秋北バス労働組合の意見を聴けば足り、他の労働者については、その労働組合を組織していると否とに不拘意見を聴くを要しない。従つて被申請会社が昭和三十二年三月三十日附で秋北バス労働組合に対し同年四月一日午前十時までの期限附で意見書の提出方を要請したのは合法的であつて何等の違法も存しない。

三、然るに右労働組合は会社の右要請にもかかわらず前記期限内に意見を提出しなかつたので、被申請会社は就業規則の変更を決し同年四月一日附で行政官庁である大館労働基準監督署に合式の届出をした。

四、而して旧就業規則はすべての労働者に一律に適用されたもので申請人等が主張する様に主任以上の者を除外するものではないから特別な待遇を与えたものではない。申請人等が満五十才以上に達してもなお勤務していたのは単に会社の都合上から停年の規定を適用しなかつたに過ぎなく、適用を除外されていた為ではない。

五、被申請会社は従業員の停年に関し従来「従業員は満五十才を以つて停年とする。停年に達したものは辞令を以つて解職する。但し停年に達したもので業務上の必要有る場合、会社は本人の人格、健康及び能力等を勘案し詮衡の上臨時又は嘱託として新に採用することがある。」と規定した旧就業規則第五十七条を「従業員は満五十才を以つて停年とする。主任以上の職にあるものは、満五十才を以つて停年とする。停年に達したものは退職とする。但し停年に達したものでも業務上の必要ある場合、会社は本人の人格、健康及び能力等を勘案し詮衡の上、臨時又は嘱託として新に採用する事がある」と変更し、主任以上の職にある従業員の停年を定めた。右の新規定は昭和三十二年四月一日からその効力を生じたから満五十五才以上に達した申請人等は既に会社の従業員ではない。従つて被申請会社の新就業規則の効力を争う適格を有しない。

六、仮りに然らずとしても就業規則の変更手続は前述の通り合法且適切にされたのであるから本件仮処分の申請は許さるべきものでない。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、被申請会社は昭和十九年創立され、自動車による旅客運輸を主要目的とする会社で、申請人等は被申請会社に入社して以来いずれも十余年間勤続している従業員であること、被申請会社は昭和三十二年四月一日附で旧就業規則の一部を変更したこと、は当事者間に争がない。

二、然るところ被申請会社は、新就業規則は昭和三十二年四月一日を以て効力を生じたから満五十五才に達した申請人等は既に被申請会社の従業員でないから新就業規則の効力を争う適格者でないと主張するので、先ず此の点について考えると、被申請会社の主張は新就業規則をば既に有効に成立したものと看做し、之を前提として立論しているのであるが、今その変更された新規定が果して有効に成立したものか否かが争われているのであるから、その確定をまたずに効力を発したものとして論ずることはできない。従つて申請人等の従業員たる地位は未だ失われたものとは云えない。よつて被申請会社の主張は理由がない。

三、次で申請人等は被申請会社の今次就業規則の変更は労働者の過半数で組織する秋北バス労働組合の意見も非組合員の過半数を代表する労働者の意見も聴かず一方的に変更したものであるから労働基準法第九十条第一項に反し無効であると主張するから判断しよう。

使用者が、就業規則を作成又は変更するについては労働基準法第九十条第一項に従い、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその組合の意見を聴かなければならないことは明かであるが、しかし「本案就業規則は使用者の経営権の作用として、その一方的に定めるところであつて、このことはその変更についても異なるところがない。」(昭和二七、七、四最高裁第二小法廷昭二五(ワ)六五号決定)のであり同規定は労使対等の原則を貫く労働法の立場から、労働条件を定めるに当り国家的監督権の発動を促すとともに、一方労働者に対し団体交渉の機会を得しめる訓示的、取締的規定に過ぎないもので効力規定とは解されない。従つて労働者の意見を聴かないで一方的に就業規則を変更したとしても、それが、法令並に労働協約に反しない限りそれ自体は有効であつて、その変更の効力には少しも影響がない(妥当であるか否かは別問題である)と解するところ、証人平山清太郎、同千田秀三の各証言により真正に成立したと認められる疏乙第一号証の一、二、三第五号証の一、二成立に争のない乙第二号証(疏甲第三号証と同一内容)前記証人の各証言を綜合すると被申請会社の取締役会は昭和三十二年三月二十六日主任以上の職にある者につきその停年を満五十五才と定めその就業規則の変更を企図し、同月三十日従業員の過半数で組織する秋北バス労働組合に対し、之について意見を聴くため同年四月一日午前十時迄の期限附で意見書の提出方を連絡した。しかし右組合からその意見書の提出がなかつたので、そのまま行政官庁たる大館労働基準監督署に届出したことが一応認められるところでその経過を検討すると一応とるべき手続を履践してはいるが、甚だ形式的で所謂意見を聴くの態をなしていない。抑々「意見を聴く」とは労働者過半数の意見が十分に陳述された後之が十分に尊重されたという事蹟の存することである。したがつて十分の検討の時間的余裕を与え且労働者の意見の理解及採用に十分の配慮と誠実が傾けられた事の存することが必要である。勿論使用者は組合の意見に拘束されるものではない。けれども就業規則の作成変更に当つては労働者の正しい意向が規則に反映し採入れられ労働者の積極的支持のもとになされることが望ましいので労働者の意見を聴くという手続をとらせることにし、その違反に制裁を以て臨み間接に此の手続を強制しているのである。よつて本件の措置は甚だ妥当を欠いたと云わねばならない。然乍ら以上のことは前述の通り効力要件でないから、右の事情だけで変更を無効と断ずることはできない。従つて申請人の右の主張も理由がない。

四、次に申請人等は旧就業規則作成の際、停年の規定があるにかかわらず、他の主任以上の職にある者と共にその適用を受けることなく勤務を続けて来たものであるが、之は一に右の規定が主任以上の者を対象として定められたものでないためで、主任以上の職にある者は一般従業員と異る特別の待遇を受けて来たのである。即ち申請人等は旧就業規則施行時には、停年の適用を受けないことが労働契約の内容となつていたのである。故に被申請会社が一方的に、右規則に主任以上の職にある者の停年を定めることは就業規則の基準を引き下げると共に、労働契約の労働条件を不利益に変更するものであるから労働基準法第九十三条の法意に照らして明らかに無効であると主張するのでこれについて考えよう。

凡そ労働者と使用者との間には本来常に労働契約が締結され、個々に、自由なかけ引によつて定められねばならないものであるが、一方近代的な経営に於ては大量取引の合理的な処理上から労働条件の劃一化と規格化の要請があり、ここに個別的契約を統一し劃一化、規格化した就業規則が作られることになつたものであるから、労働契約の内容に於ても通常就業規則と同一なものが多いのである。しかし労働契約の締結は各個人について見れば本来別々のものであり、時期により使用者の栄枯盛衰によつてその内容に異別あるを免れぬものであるから就業規則と異る内容の契約が存することも容易に考えられるところである。以上の如く本来労働契約と就業規則とは互に別個独自の存在でいずれも有効に併存するものである。ただ労働基準法はその労働契約が就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める場合には労働者保護の立場からその部分については労働契約を無効としている(労働基準法第九十三条)が、就業規則で定める基準と同等又はそれよりも労働者に有利な労働条件を定める労働契約が存する場合には之を無効とする旨の規定がない。しかし労使対等の原則と労働者保護という労働法の目的からみて斯様な基準以上の労働契約は就業規則に優先して適用すべきものと解される。

そうだとすれば就業規則が労働者に不利益に変更されたからといつて本来別個の存在である労働契約の内容が変更される理由がなく、労働契約の内容に反するからといつて就業規則の変更が許されない筈もない。従つて変更された就業規則は改正後に雇入れられた新規の労働者と右就業規則の変更に同意した労働者、つまり変更した就業規則の基準を労働契約の内容に取り入れた労働者だけに適用されることになり、変更前の旧就業規則の基準より有利な内容の労働契約をなしたものは勿論、右就業規則の基準を労働契約の内容とする者に対しては変更された新就業規則は効力を生じないといわなければならない。

(イ) そこで本件について見るに

証人平山清太郎の証言及び申請人芳川徳治本人尋問の結果により真正に成立したと認める疏甲第二号証成立に争のない疏乙第二号(疏甲第三号証と同内容)及び申請人芳川徳治、同福岡善次郎各本人尋問の結果を綜合すると、被申請会社には昭和三十年七月二一日より実施していた就業規則があり、その第五十五条には降任又は解雇の事由が列挙されその第一号に停年に達した時」と停年を掲げ又第五十七条には「従業員は満五十才を以て停年とする。停年に達したものは辞令を以て解職する。」と従業員の停年を定め、規則第二条は「名称の如何を問わず会社の業務に従事する者に対してこの規則の一部又は全部を適用する」と規定し就業規則の全部が全従業員に一律に適用されるものではなく一部のものに不適用の規定があることを示しており、現実に主任以上の者に不適用の規定があること、五十才を越えた主任以上の職にある者で前述の規則第五十五条第五十七条の停年制の適用を受けて退職した者は一人もなかつたこと、申請人等は入社当時から年令の制限についての申入を受けたことなく右就業規則実施の際既に五十才を越えていたが停年の適用を受けないで従前通りの待遇を受けていたこと、そこで被申請会社は昭和三十二年四月一日附で前述の就業規則第五十七条をば「従業員は満五十才を以つて停年とする。主任以上の職にあるものは満五十五才を以つて停年とする。停年に達したるものは退職とする。但し停年に達したものでも業務上の必要ある場合、会社は本人の人格、健康及び能力等を勘案し詮衡の上臨時又は嘱託として新に採用する事がある。」と変更したが之は変更理由に見る如く主任以上の職にある者の停年の定めがなかつたからであることが認められる。

以上により次の様に判断される。旧就業規則当時は主任以上の職にあつた者には停年がなかつたこと即ち旧第五十七条は主任以上の者を含めて規定されたものでないと解するを相当とするから旧就業規則施行に当つてはその第五十七条は申請人等には適用されなかつたものというべく、従つてその様に特別な待遇をうけることが労働契約の内容となつていたものというべきである、そうすればその契約内容は就業規則の基準と異なることになるが、前述の通り規則と労働契約とは独自異別の存在を有するものであり、しかも右の待遇は就業規則に優る有利な労働条件であるから就業規則の変更によつて何等の影響をうけないものである。これを新規則の如く変更するには申請人等の合意によつてのみなし得べく被申請会社の一方的に改変し得ないことは契約の原理に照し当然である。よつて改変された新就業規則の適用は改変後に主任以上の職についた者及び右変更に同意した者に対してのみ効力を有し申請人等に対してはその効力を生じない。

なおこれについて被申請会社は旧就業規則施行時に於て主任以上の職にあるもので満五十才以上に達した者を停年を理由に解職しなかつたのは一に会社の都合によるもので就業規則第五十七条の適用が除外されていたが為ではないというのであるが、就業規則が一且作成されると法的規範を生じ之が労働者に対してのみならず使用者に対しても等しく適用され、労使双方とも等しく拘束されるものであるから使用者の都合により或は適用し、或は適用しない等使用者たる会社の恣意は許されない。若しも使用者たる会社の意思により就業規則の適用が左右されるものであるならば新に主任以上の者の停年を定める必要は毛頭ない筋合である。又就業規則が斯様なものであるならば就業規則を作成させる意義はすべて失われる。

よつて本件就業規則変更部分中第五十七条の変更については爾余を論ずるまでもなく申請人等に対し効力を生じないものと解する外はない。

なお成立に争のない疏乙第二号証(疏甲第三号証と同一内容)によると本件就業規則の変更部分は停年に関するものばかりでなく他に三事項の存することが認められるか申請人等は何等之等の規定の無効を主張しないし又何等の疏明もしない。

そこで新就業規則第五十七条は右述の通り申請人等に対する限り其の効力がないのに拘らず有効に効力を生じたものとして退職させられることは給料生活者である申請人等にとつて回復すべからざる損害を生ずる虞のあることは容易に考えられるところであるから本案判決の確定まで従業員としての地位を保全するに足る仮処分をなす必要がある。よつて主文第一、二項記載の限度に於て理由があるからこれを許容し爾余の部分は失当であるからこれを却下することにし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して全部被申請会社の負担とし主文の通り判決する。

(裁判官 藤巻昇)

【参考資料二】

仮処分控訴事件

(仙台高等秋田支部昭和三二年(ネ)第六七号昭和三二年一二月二三日判決)

控訴人(被申請人) 秋北バス株式会社

被控訴人(申請人) 芳川徳治 外一名

主文

原判決を取消す。

本件を秋田地方裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は最初「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人等の本件仮処分申請を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の連帯負担とする。」との判決を求めたが、当審第二回口頭弁論期日において「原判決を取消す本件を秋田地方裁判所大館支部に差戻す。右が理由ないときは原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人等の本件仮処分申請を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の連帯負担とする。」との判決を求めると述べ被控訴代理人等は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠関係は控訴代理人において、

原審第二回口頭弁論調書を見るに冒頭の担当裁判官として「判事木村精一」と表示してあるのに同調書末尾には同裁判官の署名捺印はなく裁判官藤巻昇の署名捺印があるだけである。もし裁判官木村精一が本件を担当審理したものとすれば同裁判官の署名捺印がない右口頭弁論調書は無効であり、またもし裁判官藤巻昇がこれを担当審理したものとすれば右調書の冒頭にある判事木村精一の記載は事実に反しかかる裁判所の構成につき誤記の存する同調書は無効であると云わなければならない。以上いずれの点から見ても右調書は無効であるからこの調書に記載されている当事者双方代理人の準備書面に基く陳述、証拠調等はすべて適法に行われたかどうか、これを証明する資料は存しないことに帰着する。されば前記第二回口頭弁論期日における手続が適法に行われたことを前提としてなされた原判決は取消を免れず本件は原審たる秋田地方裁判所大館支部に差戻さるべきものである。被控訴代理人は口頭弁論調書に存する瑕疵は責問権の放棄により治癒されたとの主張は責問権放棄に関する民事訴訟法第一四一条特に同条但書を無視するものであつて理由がない。更に原審第二回口頭弁論調書は無効でないとの被控訴代理人の主張は同法第一四七条の規定を誤解するか無視するものであつて理由がないと述べ、

被控訴代理人において、

原審第二回口頭弁論調書に控訴代理人主張の如き瑕疵の存することは争がない。しかしその瑕疵は責問権の放棄により治癒されたものである。即ち同口頭弁論期日に立会った裁判官が藤巻昇であることは双方代理人の知るところであり同調書に裁判官木村精一の名が記載されているのは誤記であることは明白である。而して原審において被告代理人は此の点に関し異議を述べず、更に控訴代理人においても控訴提起に際し何等此の点について異議を述べず当審第一、二回口頭弁論期日においても従前の口頭弁論の結果を陳述している。即ちこれによつて原審口頭弁論の瑕疵は治癒されたものである。従て控訴人の控訴趣旨訂正申立は訴訟手続の完結を遅延せしめる為のものとしか考えられず訴訟経済の見地より本申立は却下さるべきである。次に原審第二回口頭弁論調書は無効とすべきではない。民事訴訟法第一四七条の規定は口頭弁論調書が瑕疵なく真正に成立した場合に限りその証明力を他の証拠に優先させる趣旨であり明白な誤記の存する場合においても無差別に適用する趣旨ではなく、明白な誤謬又は滅失の場合においては他の証明を容認するものである。口頭弁論調書の明白な書損、誤記の是正を許さないとするのは到底首肯しえない旨陳述し

た外は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

本件仮処分命令は原審において口頭弁論を経た上で言渡されたものであるところ、原審第二回口頭弁論調書によれば公判廷に立会つた裁判官は木村精一となつており同期日において双方代理人より昭和三二年五月二七日附の各準備面に基く陳述並びにその答弁がなされ疏甲第六号証、疏乙第一号証の一乃至三、同第三、四号証の取調がなされている。然るに同調書には右裁判官木村精一の署名捺印はなく裁判官藤巻昇の署名捺印の存することは同調書自体より明瞭である。然るところ控訴人は右の如き調書は無効であると主張するので按ずるに口頭弁論に立会裁判官として記載されている裁判官とは別人であるところの口頭弁論に立会つていない裁判官の署名捺印のあるような口頭弁論調書は重大な瑕疵のあるものであつて、到底有効な口頭弁論調書とは認めることができない。従つて控訴人主張の如く右口頭弁論期日においては原審第二回口頭弁論調書記載の如き当事者双方の事実上の主張答弁並びに立証等がなされたか否かはその証明がないことに帰着する。然るに原審においては右期日に当事者双方により各準備書面の陳述並びに答弁がなされ且つ前述の如き立証等がなされたものとしこれらの資料に基いて判断を与えていることは原判決を通覧すれば明瞭である。これに対し被控訴人等は前記調書に立会裁判官を木村精一と記したのは藤巻昇の誤記であることが明白である。而してかかる明白な誤記の存するときは口頭弁論調書以外の他の証明を容認すべく然るにおいては前記期日は裁判官藤巻昇が立会の下に訴訟手続がなされたことを認めうる旨主張するけれども叙上の如き事項は、調書によりてのみ証すべき事項であるのみでなく所論のような事実は之を認むべき資料がないから結局独自の見解として採るを得ない。次に被控訴人等は右口頭弁論期日に存する瑕疵は原審における被告代理人において異議を述べず当審において控訴代理人等が従前の口頭弁論の結果を援用し何等異議を挟まなかつた行為により即ち責問権の放棄により治癒された旨主張するけれども口頭弁論調書が無効か否かは訴訟手続上重要な事柄であり口頭弁論調書の有すべき公的権威の上から云つても当事者の責問権放棄の有無によつてその効力に消長を来さしめるが如きことは妥当ではない。被控訴人等の此の点に関する主張は到底これを容認しえない。

以上説示の如く原判決は取消を免れないところ原審第二回口頭弁論調書に記載されている当事者双方の主張並びに立証等は本件訴訟資料の重要な部分を占めるものでこれが有無は判決に重大な影響を与えることが明白であるので此の点につき原審をして更に適法に審理を遂げしめることが必要である。尤も被控訴人においては本件を原審に差戻すことを求める控訴人の請求趣旨の訂正は許さるべきでないと主張するけれども、もともと控訴人等においては被控訴人等の請求を棄却すべきことを控訴状において求めているのであるからこれを前述の如く原審に差戻すことに変更しても該変更は当初の控訴の趣旨以上に出るものではない。(なお請求の基礎に何等消長がないことは云うまでもない。)したがつてこれが変更は許容さるべきものと解するのが相当である。なお控訴の趣旨の変更を許すべきか否は訴訟経済の見地からのみ判断さるべき事柄ではないので此の点に関する被控訴人等の主張も亦採用できない。

よつて民事訴訟法第三八七条により原判決を取消し同法第三八九条に則り本件を原審に差戻すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 松本晃平 小友末知)

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